ダイヤモンドは

遺産

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永遠の遺産

ダイヤモンドには長く美しい歴史があります

ダイヤモンドは数千年もの間、人間の歴史と物語の一部でした。世界中で、ダイヤモンドは象徴的で神秘的な魅力を認められてきました。しかし、ダイヤモンドが結婚やロマンスと同義になったのは、20世紀の西洋文明からです。

ダイヤモンドの歴史

サンスクリット写本の中で、最初のダイヤモンドは、紀元前320-296年の間に発見されたことが記されています。そのときから現在まで、これは地球で知られている最も硬い物質です。ギリシャ人がダイヤモンドを発見した時、「無敵」を意味する「Adamas」と命名されました。ギリシャ人およびローマ人の間で、ダイヤモンドは戦いの間のタリスマン(護符)としてネックレスに使用され、着用されていました。魔法の保護と強さの力を持っていると信じられてきたためです。

インドは、ダイヤモンドの持つアートとサイエンスの両面で、重要性の揺りかごと広く見なされています。インドでおよそ紀元500年ごろ、ラートナパリスカという古代のインドのテキストにダイヤモンドが登場します。「宝石についての知識」という文書では、さまざまなダイヤモンドを身につけることが許されるカーストを定めています。後のヨーロッパの歴史では、ダイヤモンドは様々なかたちで珍重されてきました。また、君主だけが、それらを着用することを許されました。

13世紀に、ダイヤモンドは、最初にベネチアへ上陸し、ヨーロッパに広まり始めました。ベネチアでは、ダイヤモンドカット技術が発達しました。その後、ダイヤモンドは特にブルージュとパリでヨーロッパを横断して取引されました。最初のダイヤモンド切削工のギルドがニュールンベルクで形成されたのは13世紀後半ごろのことでした。しかしドイツでは、この宝石は非常にまれだったので、フランスのルイ9世は、ダイヤモンドは国王のみのものであるという命令を出しました。これは、あまり長く続きませんでした。14世紀に入ると、男性・女性の貴族の装身具としてダイヤモンドが現われ始めたのです。

1477年には、オーストリアの大公マクシミリアンが婚約者にダイヤモンドを贈りました。婚約者だった女性は、ブルゴーニュのマリーです。これは、ダイヤモンドが婚約指輪として初めて使用されたときでした。不運にも、大公は浪費家であり、ダイヤモンドジュエリーを購入しすぎて負債を負いました。さらにこれは、ダイヤモンドがどんなに高価だったか、そして裕福な貴族のみが購入し使用していたという事実を示します。

ダイヤモンドが富裕な商人クラスによって着用されはじめたのは17世紀移行のことでした。

ダイヤモンドは、18世紀にはより一般的に使用されるようになりました。今日ではどうでしょうか。大きなダイヤモンドをつけた装身具は、特に婚約指輪としていつでも着用できるものです。ですが18世紀では、昼間にダイヤモンドを着用することは、大きなマナー違反と考えられていました。当時、ダイヤモンドはイブニングドレスのためだけのものでした。

ダイヤモンドがもはや王族のみの持ち物ではなくなった転換点が、1805年でした。これは、19世紀半ばに起こった供給の著しい増加によります。1866年には、ケープタウンの近くのオレンジ川のほとりで鉱山が発見されました。南アフリカのエラスムス・ジェーコブスという名の若者が、ただの小石と思ったある石が、実は注意深く見れば、実に21.5カラットのダイヤモンドだったのでした。数年後に、Colesberg Kojpe(コールズバーグ・コユペ)で巨大な835カラットの埋蔵量がある鉱山が見つかりました。ダイヤモンド探鉱者たちが即座にかけつけ、キンバリー鉱山が開かれました。それは世界初の大規模なダイヤモンド鉱山でした。

その約20年後には、フランス王室の戴冠用宝玉が売却されました。その大多数を購入したのは、ニューヨークのティファニー社でした。これによりダイヤモンドの需要がアメリカでも高まりました。

今日では幅広く流通するようになったダイヤモンドには、長く壮麗な歴史があります。富裕と壮麗さの歴史。これこそが、ダイヤモンドを現代に置いても非常に珍重されている理由の1つなのです。

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